ノマド視察・ノマド滞在記

5年ぶりの大邱(ギョンサン)で1ヶ月滞在。またモンゴルに行くか?の葛藤

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5年ぶりの大邱(ギョンサン)で1ヶ月滞在。またモンゴルに行くか?の葛藤

2018年後半と2019年の一部拠点にしていた大邱。韓国の中でもソウルでも釜山でもない隠れ家的な立地は名古屋のような感じもある。

今回はその大邱の東側にあるギョンサンに1ヶ月アパートを借りることに。→2024年6月(現在執筆してる1年前)

ギョンサン?なんて私は実際に聞いたことはあったけど(グンサンとかギョンサンとか似た名前が多いのでただ聞いたことあるだけ)、こんなところに1ヶ月住むなんて考えたこともなかったが、エアビーの格安物件が多く、気軽に海外ノマドできる土地として?興味を持ったので。。

では軽く書いていこうと思う。

 

①日本→ギョンサン(韓国に移動した理由)


船から見る神戸がいつ見ても都会なんだよな。と思いつつ、船の時間を楽しんだ。

船はいつも一人部屋が取れてしまう。普通、誰かとこの部屋をシェアするんだけどいつも一人。配慮してくれてるのかな。

もうこの時点であまり外国に行く気もなくなっていて、できれば日本で日本の美味しいお米、納豆、味噌など、外国生活では変えられないものに囲まれて生きていたい。。と思っていたが、アパートも数ヶ月単位で借りているため部屋を出なければならないし、この6月くらいの時期は日本の湿度が上がり始めた時だったので、自ずと体が日本に対して拒否反応を起こしてしまい、とりあえずアパートを出なければならないし行く場所がないので、近くて安いところでちょっと今後のこと考えるか。という感じで韓国に。

関西空港に行ってゴミゴミした中でチェックインカウンターに並び荷物を預け、イミグレをパスし、飛行機を待ち、乗ってからもタクシー状態でずっと待つみたいな面倒なことをするよりも私の場合、フェリー(乗るのも出国もかなりスムーズ)の方が好き。

荷物もほとんど制限がないので私はいつも日本から出る時とりあえず韓国に行ってから考えようという感じでフェリーに乗ることが多い。

釜山あまり好きじゃないのだけど、フェリーターミナルから釜山駅まで繋がってて歩いていけるってこんな便利な都市なかなかないよね。そこからKTX乗れば狭い韓国なら数時間で着くし。。

ちなみにこの時のことの一部は、note にも書いてたわ。

https://note.com/multilingirl/n/n4f9ede9246ea

 

②借りたアパート

アパートは本当に機能的でよかった。=壁の薄さ以外。

冷蔵庫は大きかったし、キッチンも広くて、テーブルや椅子なども整っている。

私は韓国の地方都市がゆっくりできるので結構好き。そう。ちょうどこの半年前は清州にいたよね。

「「清州」で1ヶ月間過ごした中身(ノマド生活にはピッタリの優秀な都市)」

うんと遠い国に行くよりも案外近いけど日本人がほとんど行かない韓国の田舎や無名の都市でひっそりと作業してる方が私は好きなのかも。笑

 

③気候は最悪?また、壁が薄い?

蒸し暑い気候なので部屋にずっとこもっていた。簡単に言えば、東南アジアの雨季のような気候。

でもここは東南アジアではないので東南アジアにいるような感覚はもちろんないのだけど。大邱もそうだけど盆地なのでその時の日本の天気予報と見比べても暑かった。

日中は暑すぎて外に出られないので夜に24時間スーパーまで買い物がてら歩くことを心がけた。

ちなみに、たまに下の階か上の階の声が聞こえる。ある時にはカップルの声が。。おしっこをする音すら聞こえるのは異常だと思った。

この後のモンゴルでは隣の部屋からロシア人のセッ●●の声が毎日聞こえて呆れたが。。

 

④ウズベク・ベトナム人に占領

私が住んでいた地区は韓国人の方が少なかった。なんでも韓国でも一番学生数が多い大学が近くにあり、ほとんどが学生。そしてギョンサン市も外国人をかなり誘致していることで成り立っているということはこちらに来てからわかった。

外国人はゴミの捨て方がわからないためかものすごくゴミ山ができてゴミ収集車がずっと来ない状況が近所にあったり、結構社会問題化している地域ではあった。

だからエアビーのアパートもあんなに安かったのだと思う。

とは言っても近くに小高い山があり、そこにベトナム人だったりがいた日があって、すごく綺麗だったので動画撮影してXで投稿した。

 

⑤取り組んだこと

取り組んだことは、ヒンディー語の文法書。これはこの前にいた日本でも取り組んでいたことだったのだけど、自分の中でどうしてもヒンディー語コンプレックスを解消したかった。

また動画撮影をしたいと思い、マイク(結構重い)や、マイクとパソコンの間に入れるオーディオインターフェイスなんかの調整、インスタに載せたので見た人もいるかもしれないが。。エセマルチリンガールを中で操っている私は非常にlazyなので、ここで宣言します。みたいなことをコメントした記憶が。

ヒンディー語の文法書の理解は特に日本語と同じSOV系の言語なので、いかに語尾のパターンを習得するかに努めた。

またアラビア語に比べヒンディー語は全然学習時間を積んでいないのでやはり音読ができない(話せなくても音読がそのスピードでできた時点でかなりその言語の習得が有利になるためそこをまず目指している)ことに対してコンプレックスがあったので、必死でバトゥミの時から練習していたあるヒンディー語のスクリプトの音読を練習。。

上に載せている映像、上か下の部屋に聞こえてるんじゃないかな?という気持ちでやってたのでちょっと窮屈だったな・・。

それにしてもこの動画に写ってる私は化粧の仕方がよくわからなかったのか、なんか本当に男なのか女なのかわからない顔になってる笑。

 

⑥マイク購入による解消

今まで2000円くらいのソニーのマイクを使っていたので声を張らないと動画撮影で声が乗ってくれない。ということでホテルなどで撮影することが多かった。

それでもホテルで動画撮影をしていると、ホテルって案外壁などが薄い場合が多く、部屋にノックが来たり、部屋の外からうるさいって聞こえたり(大阪のホテルで撮影中に。。→動画見てた人ならわかるかも。その時その音声が入ってたので)で、動画を撮るのが嫌になるくらいだった。

けれども直前の日本で思い切って買ったマイク(オーディオインターフェイスも合わせると10万円くらい。。)によって声を張る必要がなくなり、動画撮影が楽になった。

とは言ってもその後のモンゴルのタワマンで撮影するよりこの韓国の壁の薄い部屋では窮屈すぎて、とにかく早く出たい。けど1ヶ月ここで何かを残したいということで、ヒンディー語をやってた。という1ヶ月だった。

エジプトの壁厚いあの部屋に戻りたいヨォ。と言う気分にも。

 

⑦自炊環境

冷蔵庫の中身。とにかくタンパク質は取らないといけないので1食につき卵4個か、卵と豆腐+ご飯+野菜を味噌汁に入れるというような食事が多いのだけど、24時間大型スーパーでは結構安い野菜もあって、特に豆腐がお買い得だった。

またキノコや小松菜的なものも安く、そればかり買っていたかも?

味噌は日本から何個か持ってきていたので、現地のご飯を炊いて、あまり食事に困ることはない。

それでもやはり日本の1.5倍くらいはかかっていたかも。私はお菓子とか一切買わないのでそこまで食事が少し上がったくらいじゃ気にならないけど笑。

 

⑧観光と言っても

懐かしいなと思いながら大邱の中心部は何回か散歩した。大邱は東西南北がはっきり。つまり導線がわかりやすくいので歩きやすい。

マイペースの人には向いてる街で、なんかまた夏になると行きたくなるんだよなーという場所。

なぜか街を歩いてると自分のファッションが韓国人女性に似てる感じがして、つまり一般の韓国人ってすごいシンプルな格好をするのでそれもまた心地が良かった。私は普段、ユニクロのトートーバッグみたいなものにTシャツみたいなラフな格好なので。。

 

その後

3回目のモンゴル(2024年)は、実は観光すらしていない

ギョンサンにいた1ヶ月間、日本に戻って快適な環境で動画撮影などを頑張るか?それともモンゴルに行くか?で葛藤した。

いつも私はその直前に行動することが多いが今回もそういう形となってしまった。

けれども直前の日本にいた時もモンゴルの学校に連絡したりして結構準備はしていたので、モンゴルに行くということは頭の中で迷いながらも決めていたのかもしれない。

ギョンサンからはまず東大邱駅の方まで地下鉄で行き、そこからKTXで清州あたりまで行けるので楽ちん。韓国は狭いので、かつ鉄道がうまく整備されてるので楽だよね。。

半年前にいた清州にある空港からモンゴルへ(ここの空港使うと大抵安い)。

もう初夏の韓国は湿気がすごすぎて、その後のモンゴルのカラっとした感じは本当に感動したな・・。

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